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東西のまじわる句座や花の下

 投稿者:  投稿日:2018年 1月12日(金)13時36分34秒
  旅行に出たら、写真と俳句を組み合わせる「写真俳句」に挑戦してはどうだろう。写真俳句とは、自分で撮った写真と自分で詠んだ俳句を組み合わせる新しい俳句表現である。作家の森村誠一氏は著書『写真俳句のすすめ』で、まず日常生活のなかではじめてみては、と提案している。普段は見逃しているものでも、写真にしょうと思うと新たな見方をするようになる。携帯電話のカメラ機能でも充分使えるので、カメラは高価なものでなくてもいい。写真と俳句を組み合わせることで、それぞれが響き合い、豊かな表現が可能になるのだ。

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(無題)

 投稿者:桜花(d.f@\q4yk)  投稿日:2018年 1月11日(木)12時30分51秒
  五七五の間はあけず、一行縦書きにするのが俳句の基本的な表記です。
高い所 任せて街の 電気屋さん CMのキャッチコピーのような軽やかな一句ですが、季語が入っていないのが残念。

(添削後) 山笑うシルバータウンの電気屋さん 桜花(シルバータウンの電気屋)
桜花さんの自称職業名「シルバータウンの電気屋」はそのまま「俳句の種」になりそうな詩の言葉ですから、こんな春の季語と取り合わせてはいかが。「山笑う」は春の山のこと。春の山も街の電気屋さんの活躍を応援しているよ、という明るい気分の句になります。また、五七五の間はあけないのが基本です。
 

息ひそめても揺れている春の燭

 投稿者:大高 翔  投稿日:2018年 1月10日(水)16時22分59秒
  季語は「春の燭」。春の明かりは、ぼやけたイメージを持つ。ひとりで揺れる灯りに人の気配をうかがわせる。当初は「春の燭息ひそめても揺れている」であったが、上五を下五へ移し体言止めとすることで、インパクトを強めている。体言止め俳句の作り方。限られた音数のなかで、物に気持ちを託して詠むのが俳句。自分の感動した物を下五に入れ、感動のあり様を上五・中七へ。  

秋刀魚焼くいつしか君の妻となり

 投稿者:大高 翔  投稿日:2018年 1月 9日(火)11時36分35秒
  動詞を少なくする。動きのせわしさを防ぐために、動詞の数は二つまでに留める。
俳句の基本は動詞を少なくすること。3つ以上の動詞の存在は、句自体をせわしない印象にしてしまう。あえて動詞を多用してたたみかける句もある。動詞を一つ減らしたことでせわしなさが解消された。季語は「秋刀魚」生活感のある秋の味覚。夕食の支度をしながら、結婚生活をふと実感している。
 

こんな日は醸造長と日向ぼこ

 投稿者:とうへい  投稿日:2018年 1月 8日(月)12時39分14秒
  「醸造長」の一語で光景が立ち上がりますから、言葉の経済効率が極めてよい作品ですね。「醸造」ですから酒類・味噌・醤油などが想定できますが、酒蔵なら酒、味噌蔵なら味噌の匂い、醤油蔵なら醤油が読み手の鼻先にもふくふくと匂ってきます。「こんな日」とはどんな日か。酒造り、醤油造り、味噌造りの作業が一段落ししてホッと一息ついている日でしょうか。「醸造長」と「日向ぼこ」しているのは、同じ蔵で働く部下か、ここまで「醸造長」と苦楽を共にしてきた社長か。冬の季語「日向ぼこ」ののんびりとした気分が、今年の仕上がりは満足なものであるに違いないと思わせます。冬の日差しが美しく映える蔵の白壁も見えてきます。  

晴れぎはのはらりきらりと春時雨

 投稿者:川崎 展宏  投稿日:2018年 1月 7日(日)15時46分57秒
  季語は「春時雨]。冬の時雨とは異なる明るく艶やかな雨の情景が、擬態表現によって巧みに描写されている。リズムに乗った軽やかな音の繰り返しは、声に出して読みたくなる楽しさがある。推敲の際、必ず行ってほしいのが、できた俳句を声に出して読んでみることだ。俳句のルーツである和歌も連歌も、人々の前で読み上げる文芸だった。松尾芭蕉も「去来抄」に「句調調はずんば舌頭(ぜつとう)に千転(せんてん)せよ」という言葉を残しており、これは、句の形が整わないならば千回声に出して読んでみよという意味である。音読すると、紙面を見ていただけでは気付かないリズムの良し悪しを検証することができる。正岡子規の「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の句を声に出して読んでみると、カ行の音が響き合い、秋の晴朗な空気を感じさせることに気が付く。
 

去年今年貫く棒の如きもの

 投稿者:高浜 虚子  投稿日:2018年 1月 6日(土)10時44分13秒
  去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子
こぞことしつらぬくぼうのごときもの

年の変わり目に立ち合う虚子の実感として、年が変わってなお、自分のなかで変わらないものがあると詠んでいる。変化の激しい日々のなかにいるからこそ、心のなかの不変に意識がいき、それを強調している。 (季語) 新年 大晦日から新年にかけての時間のこと。

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俳句の楽しみ方

 投稿者:大高 翔  投稿日:2018年 1月 5日(金)09時45分34秒
  1.吟行に出よう。風景や事物に触れながら句材を集め即興の俳句を作る。
2.写真俳句。自分で撮った写真と自分で詠んだ俳句を組み合わせる新しい俳句表現です。1.写真を撮ってから俳句を作る。2.俳句を作ってから写真を撮る。3.写真を撮りながら俳句を作る。
3.投句 新聞や雑誌の俳句欄に応募して、自分のレベルをはかる。

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夫はまだ街に居るらし火事の音

 投稿者:雪花(良妻のつもり)  投稿日:2018年 1月 4日(木)16時04分52秒
  まだ戻ってこない「夫」を思う見事な良妻ぶりです(笑)。
時代の変化とともに「良妻」の何たるかについての認識は移り変わっていきますが、この句で語られているのは、ある一定以上の年齢層ににおける「家を守る妻」のイメージでしょうか。「夫」の帰りを待つ妻。はたと「街」の方を見ると夜空が赤々と燃えている。街明かりとは違う「火事」の炎の猛々しい色彩。遠い消防車のサイレンが「火事の音」として脳裏に増幅され、「夫はまだ街に居るらし」という呟きが、ざらつくような不安となって読み手の心に迫ってきます。妻の心理や聴覚を媒介として、「火事」という季語の本質を表現するあたりが、さりげなく巧い作品です。

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一日2万歩を歩く

 投稿者:alidoro  投稿日:2018年 1月 3日(水)09時02分28秒
  いつも探究心を持ち何かに打ち込み、義務感や背筋感を持って社会と接しているといつまでも若々しいと思う。逆に世の中に対する関心が薄れ、何ごとも勉強する気力がなくなったとき、人は「年寄り」になる。だから、いくつになっても、何か新しいことをしたいという気持ちは持ち続けるつもりです。歩くことも一日に2万歩を?くという目標を達成するとヤル気が湧いてくる。平成29年12月は737.063歩を歩いた。一日平均23.776歩を歩いた。毎日2万歩を歩く。公園でみんなとラジオ体操も毎日続けることが目標である。雨天の日は家で体操する習慣になった。

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