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いざや寝ん元日はまた翌の事

 投稿者:与謝 蕪村  投稿日:2017年12月14日(木)13時09分1秒
  いよいよ押し迫る大晦日の夜だ。新しい年を迎えるのに、準備しておかねばならぬことは多い。考えはじめればきりはないが、「明日の事は明日案じよ」のことわざもある。元日とは特別な日かもしれないけれど、なるようにしかならないものだ。「いざや」さあ寝てしまおう、とあっけらかんとした態度がおもしろい。西鶴は「大晦日定なき世の定かな」、蕉門の許六は「大晦日分別ばかり残りけり」と詠んだ。 「季語 元日」  
 

何ごとも昨日が今日に年詰まる詰まる

 投稿者:中山 純子  投稿日:2017年12月14日(木)08時33分30秒
  「年詰まる」は「年の暮」の傍題季語だが、より押しせまった気分のする語だ。だれにも年内に方づけておきたいことはある。けれど何ごとも予定どおりにはかどらない。昨日に済ますことが今日にずれこむ。そんな日々の繰り返しだが、今年はいよいよ後がないから樵るのだ。陶淵明の詩に「時に及んで当に勉励すべし、歳月人を待たず」とある。今の時を大切に努力せよ、というのだがままならない。  

淡雪やかりそめにさす女傘

 投稿者:日野 草城  投稿日:2017年12月13日(水)16時16分54秒
  二十代半ばの作で、まだ青春性も横溢な艶っぽい俳句だ。「けふよりの妻と来て泊つる宵の春」など一連の新婚初夜を詠んだ「ミヤコ ホテル」以前の前哨ともなる句作だ。「かりそめ」とはその時かぎりのこと。それは降るそばから消えて積もることがない「淡雪」のはかなさと相通ずる。付き合っている女性からたまたま借りた女傘だが、彼女との関係も長続きしそうにない空しさを暗示する。 「季語 淡雪」  

都出て神も旅ねの日数かな

 投稿者:松尾 芭蕉  投稿日:2017年12月12日(火)08時56分8秒
  陰暦十月の異称は神無月。神々は出雲大社への旅に出かけて留守である。その間、芭蕉も旅にあっての感慨の一句だ。前書には「長月の末都を立ちて、初冬のみそか近き程沼津に至る。旅館のあるじ所望によりて、風流捨てがたく筆を走らす」と記す。このときの芭蕉の旅は陰暦九月末日、近江の粟津を発し、十月末に江戸に到着。自分も神の旅とほとんど同じ日数の旅をした、と詠む。 「季語 神の旅」  

岬鼻の枯れて匂へるけもの道

 投稿者:水見 寿男  投稿日:2017年12月10日(日)11時26分17秒
  猟の獲物を先祖百神に供える年末の祭りを臘祭(ろうさい)という。臘月といえば陰暦十二月の異称。狩猟が解禁になり、ハンターにとってはうれしい季節。海へ突き出た半島の先端を「岬鼻」と呼ぶが、厳しい自然条件のために樹木は繁茂しにくい。冬になれば下草も枯れて、ようやく見えてくるのが香しい「けもの道」。自らなる自然の小径で、鹿などの気配も察せられての直感を詠む。 「季語 枯る」  

あはれこの瓦礫の都 冬の虹

 投稿者:富沢 赤黄男  投稿日:2017年12月 9日(土)18時57分29秒
  夏のように多くはないが、「冬の虹」は鮮明で美しい。実景はさることながら、冬の虹をはかなさの象徴として配し、一層感慨深い句になっている。昭和二十一年の作。空襲で焼け野原となった東京の空にかかった虹だ。この天と地との対比を、感情におぼれず端的に力強く表現している。あれから六十年が過ぎ、東京には自慢の高層ビル群が出現。けれど今も不思議に、ほうふつと眼前によみがえってくる俳句だ。 「季語 冬の虹」
 

この国の人減りつづく次郎柿

 投稿者:桑原 三郎  投稿日:2017年12月 8日(金)16時15分25秒
  どうも「この国」と日常的にいわれると、いつから我が国は「この国」になったのかと違和を感じる。「この」は本義でなく単に音を借用した指示詞、近いものをさす。掲出句は軽妙酒脱で、「この国」になったのかと違和を感じる。「この」は本義でなく単に音を借用した指示詞、近いものをさす。掲出句は軽妙酒脱で、「この国」との措辞は軽みとなっている。我が国の人口が少子化で減り続けるのは各種の調査で明らか。日出づる国も今や日没する国になりかけている。そんな夕景に、たわわに実った次郎柿は最後の彩りを加えるか。
 「季語 柿」
 

数へ日に祝日ありて数へ直す

 投稿者:細川 洋子  投稿日:2017年12月 6日(水)18時04分3秒
  今年も後わずか、残り日はと指折り數えてみる。そんなふうに身をもって切迫感のある年の瀬だ。ふと気づいたのは土日以外に祝日があること。働ける日が一日少なくなる。具体的には十二月二十三日の天皇誕生日。祝日は心穏やかに、などの余裕はない。若き日の芭蕉とも親友のあった信徳は「すさまじや女の眼鏡としのくれ」と詠む。昔も今も個人の忙しさは変わっていない。変わったのは社会の仕組みか。 「季語 數え日」
 

泡立草無頼派としてかく枯るる

 投稿者:中尾 杏子  投稿日:2017年12月 5日(火)09時49分48秒
  反俗、反秩序を基として孤高を貫く一群の作家たちを無頼派とよんだ。太宰治や坂口安吾、織田作之助らである。彼らになぞらえて背高泡立草を無頼派とみるのはおもしろい。言われてみれば毛色の変わった帰化植物で、都会地に接した河原の土手や荒地に群落を作る。茎は直立し、高さ二、三メートルにもなるからよく目立つ。枯れても姿勢を崩さないさまを異色の存在として「かく枯るる」と表現。 「季語 枯る」  

なき母を知る人来たり12月

 投稿者:長谷川 かな女  投稿日:2017年12月 4日(月)08時34分54秒
  日常の雑事に追われていると、ついつい人生の大事を忘れてしまう。特に十二月がそうだ。こんな折り、前ぶれもなく生前の母を知る人がやってきた。話題はいきおい亡き母のことになる。先へ流れる茶飯の時間と積もる過去を顧みる時間。日常と非日常といってもよいが、しばらくは後者の時間に浸り我を取りもどしたか。
「徒然草」には「その事となきに、人の来たりて、のどかに物語して帰りぬる、いとよし」とある。
「季語 十二月」
 

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